社長挨拶
田原迫ヤシ園の二代目として学校卒業後、無我夢中で仕事をしてきました。その頃の昭和40年代は作れば作るだけ売れるという素晴らしい時代で、1回の出荷で11t車1台2台は当たり前、単価も今よりずっと良かったことが記憶によみがえります。
その頃、ゴルフ場ブームでワシントニアがよく売れるようになり、毎日のように掘り取り・出荷をしていましたが、その頃はユンボもクレーンも重機というものは何もなく、何で掘るかというとすべてスコップ!現在では考えられないような作業をしていました。畑から持ち出すときも、チェーンブロックで真上に持ち上げ、台車に乗せて足場の悪い畑の中を人力で押し、道路まで運び出しトラックに乗せるときは角材を荷台へ斜めに立てかけて上から引っ張る人、下から押し上げる人でころころと回しながら積み込むなど皆が力を合わせて命がけの作業をしてたものです。しかしその苦労の甲斐もあり今ではハウス面積1万坪、路地35か所と発展することが出来ました。
今、観葉植物は作れば売れる時代から作るだけでは売れない時代になりました。時代のいろいろな変化に対応するために変わり続け、そして、発展していければいいなと思います。
その頃、ゴルフ場ブームでワシントニアがよく売れるようになり、毎日のように掘り取り・出荷をしていましたが、その頃はユンボもクレーンも重機というものは何もなく、何で掘るかというとすべてスコップ!現在では考えられないような作業をしていました。畑から持ち出すときも、チェーンブロックで真上に持ち上げ、台車に乗せて足場の悪い畑の中を人力で押し、道路まで運び出しトラックに乗せるときは角材を荷台へ斜めに立てかけて上から引っ張る人、下から押し上げる人でころころと回しながら積み込むなど皆が力を合わせて命がけの作業をしてたものです。しかしその苦労の甲斐もあり今ではハウス面積1万坪、路地35か所と発展することが出来ました。
今、観葉植物は作れば売れる時代から作るだけでは売れない時代になりました。時代のいろいろな変化に対応するために変わり続け、そして、発展していければいいなと思います。
■会社名 | 有限会社 田原迫ヤシ園 |
■所在地 | 〒891-0311 鹿児島県指宿市西方1358 |
■電話番号 | 0993-22-2733 |
■FAX番号 | 0993-22-2358 |
■代表者 | 代表取締役社長 田原迫 公一 |
■設立年月日 | 1992年7月1日 |
■資本金 | 300万円 |
■従業員数 | 9名 |
■業務内容 | 観葉植物・アトリウム用樹木・造園樹木の生産 |
■取引銀行 | 鹿児島銀行 |
■主要取引先 | 全国 |
沿革
昭和22年 | 野菜のなすびを生産 傍らでワシントニア・カナリヤシ・ココスヤシなどを生産開始 |
昭和28年 | 野菜なすの生産を中止 塩の生産開始 |
昭和35年 | 観葉植物生産を開始 塩田の屋根をトタンからビニールに張替え、生産を開始 |
昭和41年 | 高校を卒業後 少しずつ観葉の生産面積を拡大していく |
昭和50年 | 柱サボテンの生産を開始 最終的に500本の親木を植え付け |
昭和62年 | 頴娃農場 1.2haを購入 翌年 ワシントニア3000本を植え付け |
平成5年 | 大温室を立てる アレカヤシなど特殊ものの生産を開始 |
平成10年 | トネリコの生産を開始 観葉植物生産日本一を受賞 |
平成17年 | 出荷効率の改善のため、出荷場を立てる |